拓大紅陵野球部が24年ぶり夏の甲子園へ|9回逆転3ラン、二宮樂と強さの理由【木更津】

木更津市の拓殖大学紅陵高校が、2026年7月26日の千葉大会決勝で専大松戸を3対1で破り、夏の甲子園出場を決めました。2002年以来24年ぶり、夏としては6度目の出場です。8回まで0点に抑えられ、0対1で迎えた9回に4番・片岡拓月選手が逆転3ランを放つという展開でした。この記事では、勝ち上がりの流れ、投打の中心になった選手、そしてこのチームが強かった理由を、報道で確認できた内容をもとにまとめます。

この記事でわかること

  1. 決勝で何が起きたか(9回の逆転3ラン)
  2. エース左腕 二宮樂投手のこと
  3. 4番・片岡拓月選手と、24年前の父の一打
  4. このチームが強かった3つの理由
  5. 甲子園の日程と、応援・観戦の情報
  6. 選手はどこから来ているか(準決勝のスタメンと出身チーム)
  7. 拓大紅陵という学校と野球部の歴史
目次

決勝で何が起きたか

決勝の相手、専大松戸は今年の春のセンバツで4強に入った学校です。拓大紅陵は春の県大会準決勝でこの専大松戸に2対3で負けており、夏の決勝は再戦にあたりました。

試合は7月26日、ZOZOマリンスタジアムで行われました。拓大紅陵の打線は8回まで得点できず、0対1のまま最終回を迎えます。9回、無死一、三塁の場面で打席に立ったのが4番の片岡拓月選手(3年・捕手)でした。片岡選手は左翼へ3ランを放ち、一気に3対1と試合をひっくり返しました。

試合後、片岡選手はこう話しています。

「本当に試合始まってから仲間が…仲間がチャンスで回してくれてたんですけど、打つことができなくて。ベンチでも…謝ってばっかりで。最後一振りで自分が決めてやろうという気持ちで打席に入りました」

優勝インタビューでは、監督も片岡選手も主将の加治選手も涙を流しました。

ここまでの勝ち上がり

初戦から決勝までの7試合です。

日付回戦相手結果内容
7月11日2回戦東海大市原望洋6-2市原市の学校との対戦
7月14日3回戦県柏10-0(六回コールド)大会最多得点
7月18日4回戦木更津6-2同じ木更津市の学校との対戦
7月20日5回戦市原中央2-11点差の接戦。市原市の学校との対戦
7月22日準々決勝暁星国際4-1宮澤和聖が7回2安打1失点(89球)。8回から二宮が救援
7月24日準決勝習志野7-0(七回コールド)二宮が6回75球を投げ2安打無失点。17年ぶりの決勝進出
7月26日決勝専大松戸3-19回に片岡拓月の逆転3ラン
市原市の読者にとって気になるのは、拓大紅陵が市原勢2校を破って勝ち上がっていることでしょう。2回戦で東海大市原望洋に6対2、5回戦では市原中央と2対1の1点差で競り勝ちました。木更津市の学校が市原の2校を抜けて甲子園に届いた、という道筋になります。

7試合の得失点を足すと38得点7失点です(各試合のスコアからジモはる編集部で集計。報道で「大会通算」として発表された数字ではありません)。1試合平均1失点で、失点が2点を超えた試合が1つもありません。

エース左腕 二宮樂投手

二宮樂/3年・投手(左投げ左打ち)・背番号1・松戸市出身(松戸中央ボーイズ)
千葉大会成績:決勝前の時点で5試合に登板し、23回3分の1を投げて自責点0。サンケイスポーツはこの数字から「ミスター0」と紹介しています。決勝は6回を94球、5安打3奪三振1失点(自責点0)。

球速で押すタイプの投手ではありません。120キロ台後半の直球に、落差の大きいカーブを混ぜて打たせて取ります。準決勝の習志野戦では6回を投げて奪三振は1つだけでしたが、走者を三塁に進ませませんでした。本人は投球の考え方をこう説明しています。

「三振を取りにいかず、打たせて取る意識」

決め球はカーブです。準決勝のあとには「カーブがいつも以上に決まっていて」と振り返っています。背番号1については「自分が抑えてこその紅陵」と話していました。

名前の表記について。報道では「二宮樂」と「二宮楽」の両方が使われています(サンケイスポーツの見出しや球歴.comは「樂」、スポーツナビの公式記録と千葉日報は「楽」)。読みを「らく」とするデータベースもありますが、報道で振り仮名を明示したものは確認できませんでした。この記事では「樂」で統一しています。

志望校だった専大松戸との決勝

二宮投手は松戸市の出身です。中学時代は、のちに専大松戸に進む選手たちと一緒にプレーしていました。本人も専大松戸への進学を志望していましたが、「全然実力が足りなかった」と断念し、推薦を受けた拓大紅陵に進みます。

その専大松戸と、3年の夏の決勝で対戦することになりました。自分を受け入れなかった学校に勝って甲子園を決めた、という筋書きです。

もう1人の左腕、宮澤和聖

二宮投手が全試合を1人で投げ抜いたわけではありません。もう1人の3年生左腕、宮澤和聖投手(172cm・68kg、静岡裾野リトルシニア出身)が投打の両方で計算できる存在でした。

準々決勝の暁星国際戦では先発して7回を2安打1失点、89球でまとめています。直球とカーブの緩急が持ち味です。決勝では指名打者としてスタメンに入り、7回からマウンドに上がって3回を38球、4安打2奪三振で無失点に抑えました。つまり決勝は二宮投手が6回、宮澤投手が3回という継投です。打つほうでも大会チーム最多タイの10安打を記録しています。

宮澤投手は二宮投手について「二宮がいて、今の自分がある」と話しています。

さらに、普段は遊撃を守る山邊颯選手(3年)も救援で登板し、3回を無失点3奪三振に抑えた試合がありました。二宮・宮澤・山邊で回せたことが、夏の連戦を勝ち抜いた要因のひとつです。

4番・片岡拓月選手と、24年前の父の一打

片岡拓月/3年・捕手・背番号2・右投げ右打ち・袖ケ浦市出身(蔵波中→佐倉リトルシニア)
千葉大会成績:打率.318、7安打、本塁打1、打点7。決勝の個人成績は4打数1安打3打点2三振。
そしてあの3ランが、公式戦で初めての本塁打でした。

春季県大会では全6試合で4番に座り、チームトップの6打点を挙げて、22年ぶりとなる春季関東大会出場に貢献しています。夏の大会でも一貫して4番でした。

この片岡選手には、拓大紅陵と深いつながりがあります。父の片岡将義さん(41歳・袖ケ浦市在住)が、同じ拓大紅陵で2002年に4番を打っていました。

将義さんは2002年の千葉大会5回戦、木更津中央との試合で、延長10回に同点2ランを打っています。この一打がチームを甲子園に導きました。つまり、拓大紅陵が前回夏の甲子園に出た2002年、その立役者の1人が父だったということです。

拓月選手は、その本塁打の映像を子どものころから繰り返し見て育ちました。日刊スポーツの取材には、寝る前に毎日再生していたと語っています。拓大紅陵を選んだ理由も「親に自分が紅陵で活躍している姿を見せたい」からでした。

将義さんはその後、2002年夏の甲子園に「4番・三塁」で出場しました。智辯学園との試合で2安打を放ちましたが、チームは0対6で敗れています。

そして24年後、同じ学校の4番として、同じように本塁打で甲子園を決めました。親子2代で拓大紅陵の4番として甲子園に出ることになります。試合後のコメントです。

「本当にこれでお父さんと並べました」
「次はお父さんを超える存在になっていきたい」

このチームが強かった3つの理由

1. 失点しない

このチームで最もはっきりしている数字が失点の少なさです。7試合で7失点、1試合平均1失点で、2点を超えて失点した試合が1つもありません。東海大市原望洋戦と木更津戦の2失点が最多です。

その中心が二宮投手で、決勝前の時点で5試合23回3分の1を自責点0。決勝も自責点0の1失点でした。「打たせて取る」投球でテンポよく守り、守備がリズムを作ります。打線が8回まで沈黙しても試合が壊れなかったのは、先に点を失わなかったからです。

2. 投手を並べられる

二宮投手、宮澤投手、そして野手兼任の山邊選手と、計算できる投手が3人いました。夏の県大会は短い期間に試合が続くため、1人のエースに全部を任せると終盤に消耗します。

実際の使い方を見ると、準々決勝は宮澤投手が7回を投げて二宮投手が2回を締め、準決勝は二宮投手が6回で七回コールド、決勝は二宮投手6回+宮澤投手3回。準決勝と決勝の2試合で、二宮投手の投球回は合計12回にとどまっています。意図的な配分だったことが読み取れます。

複数の投手で勝ち上がる形は、1992年に準優勝したチームが「4本柱」でやったことと重なります。

3. 春に負けた相手に勝ち切った

専大松戸には春の県大会準決勝で2対3で負けています。相手はセンバツ4強。夏の決勝で同じ相手に、しかも8回まで0点という展開から勝ちました。春の敗戦のあと3か月で、1点差を逆転できるチームに変わっていたことになります。

「小枝守先生が背中を押してくれました」

優勝インタビューで、坂巻展行監督(60歳)は言葉を詰まらせながらこう話しました。

「最終回ここで絶対動くんだ」
「小枝守先生が背中を押してくれました」
「100倍ぐらいうれしいです。選手たちが頑張って、私を連れて行ってくれた」

坂巻監督は拓大紅陵のOBで、選手時代は内野手でした。その現役時代の恩師が小枝守さんです。

小枝守さんは1992年夏、第74回全国高校野球選手権大会で拓大紅陵を準優勝に導いた監督で、2019年に亡くなっています。学校の野球部にとって最高成績を残した時代の指導者であり、その名前が24年ぶりの優勝の瞬間に出てきたことになります。坂巻監督はスタンドに向かって「みなさん本当にお待たせしました!」とも声を張りました。

指導方針については、こう報じられています。

「(やり方は)根本的には変えていないが、指導者が一歩引いて、選手たちに自分で考えさせ行動させるようにした」

1992年の準優勝はどんなチームだったか

学校の最高成績である1992年夏について触れておきます。小枝守監督が率いたこのチームは準決勝で智辯和歌山を4対3で下し、決勝で西日本短大付(福岡)に0対1で敗れました。

特徴的だったのは投手起用です。初戦から準決勝まで、すべて別の投手が勝利投手になりました。これは当時としては珍しい「4本柱」の運用で、選手権大会では史上初の記録とされています。1人のエースに頼らず複数の投手で勝ち上がるという形は、二宮・宮澤・山邊で回した今年のチームにも通じるところがあります。

その4本柱の1人が、のちに広島に入団し、現在は阪神の打撃投手を務める多田昌弘さん(51歳)です。今年の優勝についてこう話しています。

「ずっと応援していました。うれしいですね。これからOBの間でお祝いの話をします。みんな、甲子園に応援に行きたいと言っています」

甲子園の日程

第108回全国高等学校野球選手権大会は、2026年8月5日(水)から8月22日(土)まで、阪神甲子園球場で開かれます。

会期2026年8月5日(水)〜8月22日(土)
開会式8月5日(水)17時30分
決勝8月22日(土)10時00分
休養日8月17日(月)、8月19日(水)、8月21日(金)
試合開始朝の部8時00分、午後の部13時30分など、日程により異なります
組み合わせ抽選3回戦までの組み合わせは8月1日(土)17時からオンラインで実施と報じられています。準々決勝以降は、3回戦から勝ったチームの主将が試合直後にくじを引いて決めます
拓大紅陵の初戦大会第8日・8月12日(水)第1試合(8時00分開始)、相手は佐賀商(佐賀)(2026年8月1日の組み合わせ抽選で決定)

会期・開会式・決勝・休養日は日本高等学校野球連盟の公式日程で確認しました。組み合わせ抽選の日時と方法については公式日程ページに記載がなく、報道による情報です。拓大紅陵の初戦は8月12日(水)第1試合、相手は佐賀商(佐賀)に決まりました(2026年8月1日追記)。決まり次第この記事に追記します。

今大会からの変更点として、指名打者制(DH)とビデオ検証が採用され、暑さ対策の2部制が「午前1試合・午後3試合」に変わると報じられています。

選手はどこから来ているか

準決勝のスタメンと出身チームです。

打順守備選手学年出身チーム
1片岡大瑚3年千葉市リトルシニア
2宮澤和聖3年静岡裾野リトルシニア
3DH鈴木凱成2年調布リトルシニア
4片岡拓月3年佐倉リトルシニア
5祖父江駕久3年練馬リトルシニア
6加治征樹(主将)3年千葉西リトルシニア
7阪本幹太3年千葉市立誉田中
8山邊颯3年佐倉リトルシニア
9木村駿吾3年木更津リトルシニア
二宮樂3年松戸中央ボーイズ

この10人のうち7人が千葉県内のチーム出身です(県外は静岡の宮澤選手、東京の鈴木選手と祖父江選手)。地元の選手を中心に組んだチームで甲子園に届いた形になります。1番の片岡大瑚選手は4番の片岡拓月選手と同じ姓ですが、出身チームは異なります。

3番に入っている鈴木凱成選手は2年生で、決勝前の時点で打率4割6分を記録していました。

主将は三塁手の加治征樹選手(3年)。決勝前の時点で7安打6打点で、優勝後にこう話しています。

「みんなを信じてやってこれたからここまで来れました。チーム全体が死ぬ気で努力をしてきた」

拓殖大学紅陵高校と野球部

拓殖大学紅陵高校は木更津市桜井にある私立高校です。1978年に木更津紅陵高等学校として男子校で開校し、1980年に現在の校名に変わり、1981年から共学になりました。全日制普通科で、設置者は学校法人紅陵学院です。

野球部は学校の公式サイトで「人格形成」を基本理念に掲げ、文武両道の学校生活を送ることを方針としています。

所在地木更津市桜井1403(電話 0438-37-2511)
アクセスJR内房線「木更津駅」から日東交通バス真舟団地行で15分、「紅陵下」下車。スクールバスもあります
甲子園出場これまで通算9回(春のセンバツ4回=1984・1986・1996・2004年、夏の選手権5回=1984・1986・1988・1992・2002年)。2026年夏で夏は6回目、春夏通算10回目
最高成績第74回全国高等学校野球選手権大会(1992年夏)準優勝
県大会春季県大会優勝6回、秋季県大会優勝6回。関東大会にも複数回出場
近年の成績令和7年度=春季ベスト4/選手権3回戦/秋季ベスト16、令和6年度=春季ベスト16/選手権ベスト8/秋季準優勝
決勝進出2009年以来17年ぶり

プロ野球に進んだOBには、現在も日本ハムで投げている加藤貴之投手のほか、小川博文さん、飯田哲也さん、佐藤幸彦さん、立川隆史さん、多田昌弘さんなどがいます。

木更津市は市原市から車でおよそ30〜40分の距離です。内房エリアの学校が夏の甲子園に出るのは久しぶりの出来事になります。

よくある質問

Q. 拓大紅陵の初戦はいつですか?
A. 2026年8月1日の組み合わせ抽選会で決まりました。大会第8日・8月12日(水)第1試合(8時00分開始)、相手は佐賀商(佐賀)です。会場は阪神甲子園球場です。
Q. 試合はどこで見られますか?
A. 中継の予定については、この記事の作成時点で確認できた公式発表がありません。例年はNHKの地上波・BS、朝日放送テレビ系列、および「バーチャル高校野球」での配信が行われていますが、2026年大会の詳細は各局の発表をご確認ください。
Q. 24年ぶりというのは、春のセンバツも含めてですか?
A. 夏の選手権大会としての出場が24年ぶりです。春夏を合わせた甲子園出場は通算9回で、夏はこれで6回目になります。
Q. 応援ツアーやバスはありますか?
A. 応援ツアーや応援バスの運行について、この記事の作成時点で確認できた発表はありません。学校では7月26日に校内で優勝報告会が開かれており、公式ブログに「今後も甲子園に向けた、各種報告をしていきます」との記載があります。続報は学校公式サイトのブログをご確認ください。なお千葉大会の決勝当日は、300名を超える応援生徒に加えて吹奏楽部とダンス部も応援に加わっていました。
Q. 市原市の学校とは対戦したのですか?
A. しました。2回戦で東海大市原望洋に6対2、5回戦で市原中央に2対1で勝っています。市原勢2校を破って甲子園に届いたことになります。
更新履歴

  • 2026年7月28日:公開。千葉大会決勝までの内容と甲子園の日程を掲載。組み合わせ抽選の結果、初戦の相手と日程、中継予定が分かり次第このページを更新します。
  • 2026年8月1日:組み合わせ抽選の結果を追記。拓大紅陵の初戦は8月12日(水)第1試合、相手は佐賀商(佐賀)。
情報源(すべて2026年7月28日に確認)

  • デイリースポーツ「千葉大会決勝 拓大紅陵が涙の24年ぶり夏の甲子園」(2026年7月26日)
  • スポーツ報知「拓大紅陵、9回衝撃の逆転3ランで24年ぶりV 坂巻監督は涙」(2026年7月26日)
  • スポーツ報知「拓大紅陵が習志野を下して17年ぶりの決勝進出 先発・二宮が6回無失点の快投」(2026年7月24日)
  • 日刊スポーツ「拓大紅陵・片岡拓月『お父さんを超える存在に』24年前から見続けた父の本塁打」(2026年7月26日)
  • サンケイスポーツ「拓大紅陵の”ミスター0″ エース左腕・二宮樂が23回⅓自責点0」
  • Full-Count「拓大紅陵のエースが誓う”リベンジ”『実力が足りなかった』…進学を諦めた名門校と運命の大一番」
  • 千葉日報「3年左腕コンビ好投 拓大紅陵 2002年以来の夏の聖地へあと2勝」
  • 高校野球ドットコム「拓大紅陵が大逆転で24年ぶり甲子園決めた!」
  • 千葉日報(決勝、準決勝、片岡拓月選手の記事)
  • 日刊スポーツ「1992年準優勝『4本柱』の多田昌弘さんのコメント」(2026年7月26日)
  • 産経新聞(片岡拓月選手と父・将義さんの記事)
  • スポーツナビ 千葉大会 公式記録(各試合のスコアと出場選手)
  • 一球速報.com(片岡拓月選手の大会打撃成績)
  • 球歴.com(選手プロフィール、準決勝スタメンと出身チーム)
  • 日本高等学校野球連盟「第108回全国高等学校野球選手権大会 大会日程」/阪神甲子園球場 公式サイト
  • 拓殖大学紅陵高等学校 公式サイト「硬式野球部」「学校ブログ(優勝報告会)」
  • 千葉県私立中学高等学校協会(学校概要)
  • 高校野球ドットコム「【夏の甲子園 組み合わせ抽選会速報中】2026年夏の初戦カード一覧」(2026年8月1日確認)

7試合の得失点合計(38得点7失点)は、各試合のスコアからジモはる編集部で集計した数字です。報道で「大会通算」として発表されたものではありません。

内房エリアから24年ぶりの夏の甲子園です。派手な剛速球投手がいるチームではなく、自責点0の左腕を軸に守って、最後の1イニングで打線がひっくり返す。そういう勝ち方でここまで来ました。組み合わせ抽選は8月1日、大会は8月5日開幕です。初戦の相手と日程が決まり次第、この記事に追記します。

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